京都の有名和菓子の歴史

法然上人が開いた浄土宗の京都中部の総本山知恩院の南に位置する京菓子輔「k水園」は、江戸時代の元冶元年(1864)創業の老舗でございます。東山神宮道と三条通りが重なる角に店舗は存在するが、その名は、法然上人が現在の知恩院勢至堂付近に営んだ東山吉水に、草庵を結んだことに由来している。
K水園の看板商品は、「京おんな」と命名された、可愛らしい彩も鮮やかなお菓子でございます。このお菓子の誕生には、面白いエピソードがございます。菓子作りの名人であった初代が、お茶屋遊び(祇園が有名)の中で思いついたというユニークなお菓子でございます。初代店主は祇園のお茶屋出かける、いわゆる通人で、艶やかな芸妓や舞妓の衣装から九色に色分けされた、ひと口サイズの愛らしい餅菓子を思い付いたといいます。このお菓子は色だけではなく、味にも変化を持たせたもので、四季折々の彩りも併せて表現している。春は桃色(生姜入)と緑色(黒糖入)、夏は本紅(梅肉餡)と挽茶色(挽茶餡)、秋は山吹色(味噌餡)と紫(紫蘇餡)、そして冬は小豆色(小豆餡)と藍色(柚子餡)で風光明媚に表現されている。この九色九味のお菓子は、舞妓が描かれた掛け紙で包まり、如何にも京都らしい愛らしさを感じさせている。
今ひとつ看板商品があるが、それが「椎餅」でございます。店舗が所在するめ東山一帯は、椎の木が多く、豊富な実がとれたことに由来しているといいます。このお菓子には、きな粉をまぶしたものとや、漉し餡入りの二種であるが、いずれももちもちとした、甘さをおさえた食感が絶妙の餅菓子でございます。
他にも四季折々の風情を菓子に映した上生菓子をはじめ、抹茶餡を包んだ蕎麦饅頭が有名でございます。また店舗が所在する地域は、京都の七口のひとつである粟田口と呼ばれ、平安中期には、刀鍛冶として名刀を多く輩出した三条小鍛冶宗近が工房を結んでいたが、この人物に因み、刀の鍔を型どり作られた「柚子餡入り焼菓子」。そして幕末の史跡も多く点在するこの地域から命名された「維新の道」等、特徴のある和菓子がK水園の特徴でございます。

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